百年を継ぎ、次の百年を創る「斉吉」ブランドの真髄

株式会社斉吉商店 代表取締役 斉藤吉太郎

東日本大震災の甚大な被害のなかで守り抜いたタレで新鮮なサンマを炊く「金のさんま」をはじめ、数々の人気商品で全国にファンを獲得している株式会社斉吉商店。創業から百年を超えるブランドを大切に継ぎながら、時代に合わせてアップデートしているブランディングの軸とは?代表を務める斉藤吉太郎社長と、人事担当の斉藤絵未里さんにお話を伺った。

震災を機にB to C事業へ
対面とオンライン、それぞれの強み

大正10年に食料品小売業「斉吉商店」を開業し、廻船問屋業から始まった株式会社斉吉商店。震災前は、大手企業や東北各県のホテルのウェディング料理の提案といったB to Bの商品がメインだったが、震災後は工場の規模を縮小し、個人消費者向けの商品開発に舵を切り、全国各地を回りながら直接顧客に商品を届けてきた。

そんななかで訪れたコロナ禍では、やむなくECサイトでのオンライン販売のみに踏み切る。当時の変化を吉太郎社長はこのように話す。

「震災後10年間頑張ってきて、お客様は待っていてくれるという感覚はあったので、2年間は事業の全てをECサイトに振り切りました。サイト内の企画や更新頻度も全て変えましたね。百貨店でうちのことを贔屓にしてくださっていたお客さんたちがECサイトでお買い物してくださったり、当時は買い物に行けず、ECサイトで食品を探されている方も多く、新しいお客さんも結構いらっしゃいました。」

コロナ禍が収束した現在は、再び催事への出店を再開し、日本料理が楽しめる「鼎・斉吉(かなえ・さいきち)」を構えるなど、依然として対面へのこだわりを大切にしていることが伺える。

「やっぱりお客さんと顔を合わせてお話をするというのは大切なこと。鼎・斉吉では、日本料理のお店から商品が生まれていることをしっかりお客さんに伝えられる面も大きいです。一方で、ECサイトはお客さんが買いたい時に商品を買える利便性が高いと思うので、対面とオンライン、両方をしっかりとやっていきます。」


「私たちは、食品を作っている」
ごまかさず、正直にやり続ける大切さ

株式会社斉吉商店の工場(こうば)では、毎日大きな鍋に火をかけ、「金のさんま」などの商品を手作りしているが、吉太郎社長が子どもの頃は、大きな機械や商品ラインが稼働していて、一日に何万個単位で製造する工場だったという。

「震災後にB to Cの商品に方向転換するにあたって工場の規模を縮小し、今の形になりました。会長の方針で、けがなどの危険性がある大きな機械を入れていません。僕たちの商品は、家族や友達、知人にも自信を持って勧められる間違いないものを作ること。目の届く範囲でしっかりと商品を作ることを大切にしています。」

しっかりと商品を作るためには、まずは良い材料を買うこと。材料の高騰など苦しい部分もあるが、材料の鮮度や質を優先することが何より大切だという。

「気仙沼には多様な魚種が日々水揚げされる漁場があり、買ってすぐ、これ以上ない鮮度で加工できるのは一番大きな強みです。値段はある程度自社で適切に決められますし、お客さんには『多少高くてもやっぱりこれがいい』と選ばれなければなりません。食品ですので、ごまかさず、正直にやり続けていきます。」


社員のやりがいとアイディアを生み出し
センスを磨くには?

株式会社斉吉商店では、商品のパッケージデザインや販促企画を一貫して社内で手掛けていることも特徴だ。そのクリエイティブセンスが「斉吉」のブランディングに一役買っているのは間違いない。

「商品撮影やスタイリングなど技術的なことは専門の担当が行いますが、アイディアを自由に出し合う空気感はあると思います。商品に直接繋がるアイディアだけではなくて、工場の中でもこういう風にやったらもっと製造しやすいんじゃないかとか、こう整理したらいいんじゃないかとか、そういったことも意見し合っています。」そう答えるのは、絵未里さん。2025年4月に社内チーム「チームなにひろ」を発足したのも、彼女のアイディアである。

「仕事だけではなく、普段の生活の中で見つけたものや気づいたことを拾って共有し合う時間が取れるといいなと思い、社内で応募をかけたら、私も含めて5人が集まったんです。まだ発足したばかりですが、色々な話し合いが進むにつれて、参加してくれているメンバーに斉吉らしさみたいなところが少しずつ染み込んでいって、会社に愛着を持って働いてもらえるようになればいいなと思っています。」

吉太郎社長も、「チームなにひろ」の活動を応援している。

「新しいものを見て感動することはすごく大事だと思うんです。僕は、出張先の美術館や百貨店に行った時の『これ良いな』っていう感覚が自分の引き出しに入っていて、『あの時食べて美味しかったあの感じを作りたいな』とか、それらを適した時に出して良いものを作っていく。働いてくれている皆さんにも、普段の暮らしのなかで取り入れたものを仕事にどんどん生かしてほしいなと思います。」


子育て中の女性の本音
「子育てをしながらしっかり働きたい」をどう叶えるか

株式会社斉吉商店では今、20〜30代の子育て世代が多く働いている。社員が子育てをしながら働く大変さをケアするには、「制度」以前に「空気感」が大切だと絵未里さんは言う。

「私の義母が取締役なんですが、彼女にも子育てをしながら働いていた時期があって、子育てをしながら働くのは大変という認識の解像度が高く、共感してもらえるところが多いんですね。例えば、若い従業員のお子さんが風邪を引いて休む時も『わかるわかる、そういう時あるよね』って休みが取りやすかったり、周りが受け入れる空気感があるのは大きいです。子育てを頑張りながら働いていることをみんなで認めて、他の人たちもフォローしながら働けています。」

気仙沼市のウェルビーイングの取組の一つである「気仙沼ジェンダーギャップ解消プロジェクト」には、取締役が中心メンバーとして参加しているが、このプロジェクトに参加する前から、社内でジェンダーギャップへの理解に対する機運が高まった出来事があったと絵未里さんは言う。

「このプロジェクトに参加する2年前、弊社取締役とご縁があった株式会社Will Labの小安美和先生をお呼びして、先生から社員にヒアリングしていただく機会を作ったんです。そこでは、元々実施していた社内面談ではヒアリング出来ていなかった声が拾えて。例えば、『子育て中は働く時間をセーブしてもらった方がいいのかな』と思っていた方の本音は『もっと働いて、いろんなことに挑戦したい』でした。これ機に『女性はもっと働きたいって思っていいんだ、働けるんだ』という気運が高まっていったように思います。」

株式会社斉吉商店では、2023年から個人評価制度を導入し、評価基準に達している希望者は正社員に登用する取り組みを始めた。2025年4月から2名、パートタイマーから正社員として働き始めている。

吉太郎社長は「子育てをしていないにしても、介護など女性だけではなく男性にも大変な部分もある。皆さんそれぞれ家と会社のバランスを取りながら働いていかなければいけないので、サポートし合いながら働く良い空気感は大切」だという。

最後に、ウェルビーイングの点で、気仙沼の良いところをお二人に尋ねた。

「北海道の旭川市からこの家に嫁いで来て10年以上が経ちました。旭川は人口が30万人を越える大きな町なので、どこの誰か分からないのは当たり前だったんですが、気仙沼ではどこに行っても『斉吉の絵未里ちゃんだね』と分かってもらえるのが私にとってはすごく良い。何者でもない自分よりも、この街の人が私のことを分かっていることが、ここに私がいて、ちゃんと生きているっていう実感があるんです。」そう言って笑う絵未里さん。まちの人との関係性がしっかり形成されていることで自分を認識できる、それこそが気仙沼で働きながら暮らす魅力なのかもしれない。

「都会にしかない楽しいものや綺麗なものはいつも取り入れていきたい」と言う吉太郎社長。「地方に住んでいてもちゃんと外を向いて良いものは取り入れていくことで、自分たちの持っている良さもはっきりする。この場所と外、両方を見ていくことが、気仙沼で暮らしていくことをより良くするのではないかなと思います。」

「ルールを超えない範囲で仕事と暮らしの境界線がない働き方が好き」だという吉太郎社長。それが、良いものをつくるためのセンス、ひいては「斉吉」ブランドに繋がっているといえるだろう。

企業情報
株式会社斉吉商店
業種
加工食品製造販売・飲食店経営
従業員数
20名
住所
気仙沼市潮見町2丁目100-1
ホームページ
https://www.saikichi-pro.jp/